日本の教育心理学では「学習動機」を「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」で二分する理論で説明してきた。これは、人間の学習だけでなく、ネズミの迷路学習とかアゲザルの弁別学習などにも一般化できるため、最も一般的な理論とされてきた。ところが、あまりに抽象度が高いため、これを教育実践の改善に活用しようとしても、それほど役に立たない。そもそも、人間を扱っているのに、ネズミから学ぶことはないだろうという気持ちを誰もがもつ。そして、大事なことは、ネズミと違って、人間は語れる。どうしてどんなときに頑張るのか。勉学でも、仕事でも。だから、ストレートに聞くという方法もある。
 市川伸一先生 ※1)の教育実践から生まれた「学習動機の二要因モデル」のほうが、その信頼性は圧倒的に高く、学校の教育現場はもとより、企業の研修でも活用されている。
 この優れた理論がどのようにして生まれたのか、市川伸一先生を直接インタビューし、詳細にお伺いできたのは、貴重な体験であった。
 高校生が受験勉強するのは、数ヶ月、長いひとでも1年ぐらいだろう。数ヶ月から1年頑張っただけで、どうして頑張れたのかを言語化できて、そこからモティベーションのセオリーができるのなら、フルタイムで働くようになって、5年、10年経ったひとなら、まず自分の仕事意欲について語る言葉をもっているはずだ。そして、実際に、経営学では、ピッツバーグ大学のF. ハーズバーグも、MITのダグラス・マクレガーも、ネズミを走らす代わりに、実際界で活躍しているときに、ストレートに聞いた。ハーズバーグなら、「今までの仕事経験のなかでいちばんよかった出来事と、最悪だった出来事をそれぞれ具体的に聞かせてください」と。マクレガーは、もっと端的に、マネジャークラスに、「どうやって部下に発破をかけていますか(How do you motivate employees?)」と尋ねた。
 わたしは、市川先生の試みに感銘すると同時に、経営学は元々、実践家の知恵を直接聞くことを昔からよくやってきたことに再度、気付かされ、勇気づけられた。ストレートに問うのがいちばんということもある。

※1)
市川 伸一先生
2006年第1号(2006年12月発行)にご登場いただきました。
東京大学大学院教育学研究科教育心理学コース教授、文学博士。
専攻は認知心理学・教育心理学。認知理論に基づいた学習過程の分析と教育方法の開発をテーマにしておられます。