毎週の講義
国際日本文化研究センターで対談をさせていただいたとき、20余年ぶりで大学時代の講義ノートを持っていったら、たいへん喜んでくださった。ご覧になって「いやあ、すばらしい。当時からキチンと教えていますね。シラバスみたいな授業プランのリストもあって、こりゃすごい」とご自身をほめられた笑顔が素晴らしかった。
先生の講義のなかで思い出すのは、毎週の講義の最初、本論に入るまえに、前週の授業からその日まで先生自身が、一番印象に残った事柄を話されたことです。
あるとき、先生は谷川俊太郎氏(詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家、哲学者)と対談された直後の講義で、次のようなことを話された。
私たちは大学の心理教育相談室で登校拒否の子に会って、箱庭療法を行い、音楽に触れさせ、お母さんのカウンセリングを実施し、子供が治った、登校したと喜んでいるけれど、ほんとうに学校でおかしなことが起こっているのであれば、それは治したことになるのか、という話でした。
これは、炭鉱でカナリアを飼うのは、カナリアが人より敏感で、有毒ガスに反応が早いので、人はそれをきっかけに坑道から避難するように、登校拒否の子は弱いのではなくて、誰よりも感受性が強いから、そうなっているのかもしれない。
心理療法で人が治ることと合わせて、カナリアが早く気がついて鳴かざるをえない状況をつくっている会社や学校に問題があるのなら、その研究も必要だな、といわれたのです。
その対談は、河合隼雄・谷川俊太郎共著『魂にメスはいらない ユング心理学講義』(朝日出版社、1979年)になるのですが、やはり、谷川俊太郎氏との対談は、河合先生にとっても相当なインパクトがあったのだと思います。
私は、河合先生の毎週の講義が楽しみでしたので、迷うことなく3年間連続で臨床心理学概論の講義を履修しました。毎年共通しているところは理解が深まり、まだ新しい学問分野でしたので、少しずつ違うのです。熱心に受講しました。
川上真史さんが、京都大学で心理学を学んだことで、学部段階で修士課程の内容を学べて感謝しているといわれるくらい、河合先生の講義は内容が濃いものでした。