● つぎつぎにイベントを企画 ─ 有馬温泉青年部の活動
■ 金井社長 初期の企画は、このようなものでした。① 有馬温泉大学芸道学部:芸子さんのお座敷芸の講座です。私たちの親の世代は、芸子さんのお座敷芸が楽しいというのですが、自分たちは知らないし、温泉に来るお客さんも知りたいのではないかと、春の企画に取り上げました。
また、それをきっかけに、有馬温泉青年部の活動がはじまりました。
② 有馬カーニバル:夏の温泉旅館は、お盆前まで暇なので、人に来てもらうために、銀座で流行った歩行者天国を有馬にもということになりました。温泉街を、夜は歩行者天国にして、リオのカーニバルをもじった有馬のカーニバルをやりました。
この歩行者天国では、青年部が手作りの屋台ゲームを出店しました。最初のゲームは、人間もぐらたたきゲームですが、一度にゲームを楽しめる人数が一人なので、順番待ちで、大勢の人にゲームを楽しんでもらえせん。
③ ハムスターレース:次の年は、大勢が一度に遊べるようにしようと、ハムスターレースにしました。数年続けたのですが、レースに6匹のハムスターを走らせますので、10匹用意して、その年のイベントが終わるたびに地元の子供たちにあげるのですが、有馬中にハムスターが増えてきて、もらう人がいなくなりました。
これではいけないと、その次の年は、1匹のハムスターでできる、台湾のゲンゴロウ・ルーレットを真似た、ハムスター・ルーレットにしました。
④ 美女落とし:若手がリレー式でゲームを考え、ある年、北野の天神さんで見た、ノーブラの外国人女性が十石樽にはまるゲームを真似て、美女落としをやりました。
その企画者は、それまで優秀で期待されていた若手だったのですが、その企画以来、ちょっとおかしいのと違うか、という評価に変わるという、オチまでつきました。
■ 金井教授 すごい実行力ですね。
● 有馬温泉企画宣伝部がスタート
─ 若者とお目付け役のお年寄りの一体化
■ 金井社長 イベントづくりのために、実際にグアム島などに祭りを見に行きました。アメリカにはスタンダードにそういう催しがありますから、参考にしたのです。
イベントを重ねるうちに、年寄りたちが、若手も結構やるなと評価するようになり、若い力を使わないと損だと、年寄りと若手の接点として、有馬温泉企画宣伝部ができました。
旅館組合の宣伝予算と観光協会の宣伝予算を合わせて、お目付け役の年寄りのほうにも、有馬全体でPRしていこうという流れができました。それがちょうど、「ポスト・ポートピア81」で、「ハロー神戸観光キャンペーン」の時代のころです。
■ 金井教授 若い人たちに活気があって一所懸命やっている、この力を使わないといけないと、年配の方が考えて、世代がここでつながっていくわけですね。
■ 金井社長 私たち若い者も、年寄りがいつもうるさく言うと思っていたのですが、年寄りは若い者のことも考えてくれていたのだ、ということになって、一緒にやっていくことになりました。
■ 金井教授 ふつうに考えると、町の商店街でも店同士が競っているようで、全体のパイを大きくしたほうがお互いに良いわけです。有馬温泉でも世代間がつながって、また同世代でもここで生まれた人たちが修業して戻ってきてつながっていく、そこが非常に面白いですね。